死の行軍

9月7日(土)ロシア タタールスタン共和国

第二次世界大戦後のシベリア抑留

モスクワの東、1000kmに位置するエラブカへの「死の行進」はキズネルから始まりました。

※画像をクリックすると拡大表示します

エラブカ-1.pd

キズネルの駅に降りて、そこから100km離れたエラブカにある収容所まで歩きます。

エラブカ-2.pd

100kmを4日間、1日25kmを歩きます。

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キズネル駅

1日1食、夜は野営、野営地を襲われたことも・・・・。

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エラブカ 97収容所

この収容所はもともとあった建物を利用したので、丸太小屋とは程遠いものでした。

掛け軸・匿名

しかし、行軍の凄まじさはその行軍を行った抑留者が書いた掛け軸から分かります。

死の行軍

この行軍や収容所の生活などで、ここエラブカの地で3年間に85名の方が亡くなられました。

慰霊

慰霊

エラブカは、今から70数年前にこのような悲劇があったとは思えないほど自然の豊かなすばらしい所です。

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エラブカ

ウズベキスタンのタシケントにあるナボイ劇場同様、日本人が作った河川敷の道路はどんな洪水が起こっても流されることはなかったそうです。

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日本人が作った河川敷の道路

それを聞いて私も日本人であることを大変嬉しく思いました。

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