私たちは実験材料だった

7月29日(月)山口県柳井市

柳井市文化福祉センターで被爆体験講話「長崎の被爆者が語る」がありました。

講話されたのは小学校5年生のときに爆心地から3.5kmの自宅で被爆された   三瀬 清一朗 さん(83才)です。

※画像をクリックすると拡大表示します。

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平和とは「明日がある。当たり前の生活が送れること」

一番大切なものは「命」

原爆投下時の様子、原爆投下後の悲惨な光景、食量不足、学校で友と再会できた喜び、後遺症の恐怖など被爆者自身の言葉にその恐ろしさが心に伝わり平和の大切さを改めて感じました。

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講話される三瀬さん

ピースボートに語り部として参加されていますが、原爆投下については外国の人は戦争終結に繋がったというように捉えていて日本人との間には温度差があると感じているそうです。

また、投下後はABCC(原爆障害調査委員会)による様々な調査、研究がなされ「自分たちは実験材料になった」という言葉が心に強く残っています。

被災資料やパネルの展示は8月2日(金)8:30~22:00(ただし2日は17:00)まで柳井文化福祉会館で行われています。

なお、1日(木)14:00~17:00、2日(金)9:00~17:00はガイドの方がいらっしゃいます。

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