父の手足の骨だけを・・・

7月14日(日)山口県熊毛郡平生町

終戦後、北朝鮮から船を使って38度線を越えたという、大村 鈴子さん(94歳・平生町出身・在住)から当時の様子をお聞きしました。

大村さんは平生町で生まれ、3歳のときに北朝鮮の元山(ウオンサン)に渡たったそうです。

近くには松涛園(しょうとうえん)という白砂青松の海があり、そこでよく泳いだそうです。

今の北朝鮮の様子はよくわかりませんが、私がお聞きした方は当時の北朝鮮は「景色がすばらしい」「果物が豊富だ」など懐かしそうに語られます。

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大村鈴子さん

大村さんは船を利用して南に下ったので、陸路で38度線を越えた方たちのような想像を絶するような苦労はなかったとのことでした。

それでも途中でアメリカ兵に女性を要求され、彼女は病気で寝ていた父親のベッドの下に隠れて難を逃れたそうです。

商売をしていた女性がみんなの身代わりになってくれたとも話してくださいました。

また、途中でお父さんが亡くなられて、荼毘に付しましたが、みんな焼けなくて焼けた手足の骨だけを持って帰り、他は「土まんじゅう」にして埋葬したそうです。

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