インパール戦を語る

5月22日(水)山口県柳井市

第二次世界大戦時の南方戦線の話をお聞きするために柳井市在住の 町田 保 さん(95歳)、柳井平和を語る会・代表 久保 優子 さんとお会いしました。

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町田さん(左)と 久保さん

百歳への行進には町田さんの自分史が綴られています。

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百歳への行進

町田さんは昭和19年に南方に向かわれ、最後には壮絶な戦いが行われた「インパール・ビルマ戦」で敗退して下がってくる兵の支援をされました。

町田さん足跡

町田さんの行程

「インパール・ビルマ線で敗退した兵が続々下がってくる。軍医に見てもらうと栄養失調、マラリア、肝臓疾患である。軍服は着た切りのボロボロである。兵器は体力がないので放棄しており、ほとんどが無腰である。」(百歳への行進より)

町田さん陣地

「山の中はヒルが多く毎日血を吸われた。脚絆(ゲートル)を硬く巻いても中に入り込んで血を吸ってまん丸に膨れあがっていた。ヒルで牛が死ぬことがあると現地住民が話していた。」(百歳への行進より)

「敵は我々の十倍はいる。この戦闘は一方的な殺戮である。我々が此所まで辿り着けたのは、力尽きた日本兵の骨が白骨となり、それが街道となって我々の道案内をしてくれたお陰である」(敗退兵の言葉:百歳への行進より)

「この戦争は間違いだった」という町田さんの言葉が今でも心に残っています。

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